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怠慢という不治の病に罹り 滅亡へ向かう行進をやめない彼の 明日はどっちだ
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今回の記事は長いので分けてます。読む人はいなくとも、思ったことは表現するのが一番ですので書きます。

登山において、なにに魅力を感じるかは人それぞれですが、僕の場合は展望がかなり重きを占めています。
なので、登る山も展望に優れるとされる山が多く、それでも天候によっていつも一喜一憂しています。雨が降っているならともかく、晴れていても展望が効かない日もままにありますから、登ったところで展望についてはなかなか満足できないことも多いのです。

いま暮らしている多摩地区では、そこらにマンションやビルが建ち並んでいるため、地平に立って遠くの山々を望むことができる場所は案外少ないです。それでも、街道はずれの畑や川沿い、あるいはビルに登ったりすると、南西から北西にかけて屏風のような山並みを眺めることができます。まれに北方面に赤城山や日光連山、北東に筑波山が見えることもありますが、やはり僕にとってなじみが深いのは西の山並みです。
住んでいる場所の近所からも、南から丹沢、富士、奥多摩、奥武蔵、秩父の山が見られます。これらの山は関東平野の西側を取り囲んでいるうえ、それを遮る大きな山地も武蔵野台地にはないので(多摩丘陵や狭山丘陵などはありますが、関東山地の標高が高い場所から見下ろすとほぼ無視できる高さです)、大抵のところでは同じように見えるかと思われます。ちなみに箱根も23区あたりからは見えるそうですが、近所からだと大山に遮られ見ることはできません。

さて、こちらから見えているのだから、当然向こうからも見えるはずです。そこで最近、西の山々から東京方面を遠望し、自宅を探してみたいと思うようになりました。
ですが、近所から西の山は良く見られても、西の山から近所は案外見られないことが、先日奥多摩の日の出山に登って分かりました。そこで、関東山地(丹沢/奥多摩/奥武蔵/秩父エリア)から多摩地区への好展望の条件について、拙い考察をしてみたいと思います。

1月、早朝の多摩湖より西方向。中奥が鷹ノ巣山、右奥が雲取山。


要素1:時間帯

一般に展望が効くのは、夕方から朝にかけてと言われています。たしかに、日が高くなると地上が暖められて「もや」が発生し、遠望が難しくなりがちです。一方の夕方から朝にかけては、晴れていれば放射冷却によって空気が冷やされるため、クリアに見えることが多いでしょう。
ですが、上記の山域から東京を見るときは東を向くため、早朝だとどうしても逆光になってしまいます。東京スカイツリーや都心のビル群、さいたま新都心や横浜ランドマークタワーなどは目立つため、逆光のシルエットでもそれだとはっきり特定することができますが、その手前にごちゃごちゃと広がる多摩地区の町並みがシルエットになると、とたんに特定が難しくなります。
さらに、朝ならではの問題としては霧の存在があります。一日の気温差が大きいと、ときに霧の海が発生して関東平野を覆ってしまいます。それはときに幻想的な光景を作り出しますが、町を俯瞰するという意味では台無しです。日が高くなれば消えますが、それまでやきもきする事でしょう。
光線の条件だけで見れば、午後の順光状態のほうが、多摩地区については視認しやすいことになります。しかし、上述のとおり午後は気温が上昇して「もや」がかかりやすくなるため、難易度は上がってしまいます。
夕方になると気温も下がり風が吹くので、再び空気が澄んで条件は良くなるのですが、今度は瞬時に暗くなっていくので街灯りを頼りに探すことになります。周りに比べて暗い川や森林、逆に明るい街道筋や繁華街ならよく分かりますが、細かな特定はヘッドライトをつけての地図とのにらめっこになってしまいそうです。

また、東京をはじめとする関東平野を眺めるうえで考慮しなくてはならないのが、経済活動です。午前9時あたりを過ぎると、稼働する工場や事業所が増え、また人の往来が激しくなり自動車の交通量も増加します。自動車による大気汚染は軽視できないもので、「環八雲」と呼ばれる現象まで存在します。環境意識の高まりによって一時期よりはずっと空気が綺麗になった東京ですが、それでもまだ山頂からの展望を覆い隠すのに十分なほどの汚染物質は存在しています。その点においては、平日よりも日曜日や祝日に展望地に赴いたほうが、望みどおりの展望を得られるかもしれません。

これらのことから、多摩地区を望遠するのによい時間帯は、霧のリスクはあるものの日の出から経済活動が本格的に始動する9時ごろまで、あるいは日没前の1時間程度となりそうです。夜は夜で条件が良い事もありますが、ここでは夜景については除外して考えています。


11月、朝の高尾山中腹より東方向。薄い霧がかかっているが、視界はそれほど悪くない。

要素2:気象条件

夏よりも空気が澄む冬のほうが遠くを眺められるというのは広く認知されていますが、この「空気が澄む」というのは、空気中のチリや水蒸気が少ない状態のことと僕は認識しています。冬は低温で湿度が低いため水蒸気量が少なく、冬型の気圧配置によって北西の強い風が吹けばチリも流されてしまいます。もっとも夏でも、台風や前線の通過後は風雨でチリが流され、気温も相対的に下がるので遠望の利く日はあります。しかしその割合が少ない事は確かなので、遠くを眺めるなら冬のほうが良いというのはいえます。
ちなみに秋も条件は良いです。朝の気温が大きく下がることと、大陸からの移動性高気圧によって乾いた空気になること、さらに台風という大気を浄化するイベントが割合頻繁に来るからでしょう。ただし、台風通過の直後は湿った空気が残っているため、視界はあまり効きません。
逆に春はかなり厳しいです。朝晩はたしかに気温が下がりますが、それ以外の要素が遠望を途端に難しくしてしまいます。それはおもに花粉と黄砂です。展望地となる関東西部の人里近い山々は、総じてスギやヒノキの植林に覆われています。薪炭をつくるため大規模に伐採し、戦後から高度経済成長期にかけて禿山だったところを一斉に植林され、数十年経ったいま、花粉の一大発生地となって人々を苦しめています。さらに春先は偏西風に乗って中国大陸内陸から大量の黄砂が運ばれてくるため、空が黄色く霞むことがしばしばあります。


5月、丹沢大山山頂より東方向。晴れているのに何も見えない。
季節に関しては、やはり秋から冬にかけてが条件は良くなります。
しかし、それでもやはり見えづらいのが東京です。

気温あるいは湿度が高いと、人口も工場も多い多摩地区ではすぐにスモッグがかかります。そして風が弱ければそれが流されることもなく、ベールのように滞留してしまいます。
記事の最初に述べた「晴れていても展望が効かない日」は、このような気象条件の日です。降水も強風も無い安定した気候が数日間続いた場合も、そのようになりがちです。
一方で、曇りの日でも遠望の利く日もあります。「高曇り」と呼ばれるもので、高層雲が一面を覆ったような状態のときです。このような時はかなり遠くのものまで見ることができますが、日照が無いので建物の陰影が乏しく、場所の特定は少し難しくなってしまうかもしれません。

このことから、多摩地区を望遠するのによい気象条件は、気温と湿度が低いこと、1~2日前に降水または強風があり大気中のチリが流されていること、適度な風が吹いていること、日照があること、花粉が黄砂などが少ないこと、などがあげられます。どれかひとつでも欠けると不可能になるということはなく、組み合わせるとより確率が上がるということです。逆に、全て揃っていてもダメなときはダメで、そのようなときは次に望みを繋ぐしかなさそうです。


12月、秩父丸山山頂より北東方向。関東平野を厚く覆うスモッグ。
スモッグより高い山は100km先までよく見えた。


要素3:地形と植生

せっかく標高が高くても、手前の尾根に隠されてその向こうが見えないのでは話になりません。
これについては「カシミール3D」などのソフトを使用すれば、任意の山から任意の地点が見えるかを判別する事ができます。しかし、これが万能か、と言われればそうとも云えません。地形を計算して可視範囲を提示してくれることについては、物凄く有り難くすばらしいソフトなのですが、さすがにその山の植生や建造物までは考慮していません。
箱根や日光、那須あたりの火山だと標高が低くても植生が乏しく、眺めの良い場所も多くあります。しかし、多摩地区を取り巻く丹沢、奥多摩、奥武蔵などの山に活火山はありませんし、森林限界を超えるような高地も、木が生えられないような豪雪地帯もつねに風が吹き荒れる尾根もありません。この地域の植生の大半が人工的なスギ、ヒノキ林であり、あるいはコナラやケヤキといった落葉広葉樹です。少し標高の高い場所だとブナやカラマツといった綺麗な森林もありますが、いずれにせよ外的要因がない限りはまるまると木々に覆われている山域です。

つまり、これらの山から展望を楽しむためには、この外的要因に頼る必要があります。それをおおまかに分けると、人為によるものか、地形の崩壊のどちらかです。

人為によるものとして奥多摩を例にとると、山火事を防止するために尾根に沿って木が伐採された防火帯の存在があります。雲取山(2017m)から鷹ノ巣山(1737m)にかけての石尾根は、東西に長々と防火帯が延びており、さらに東に向かって徐々に高度を下げているため都心方向の展望が得られます。
ほかにも、林業によって木が大量に伐採されたことによって展望が得られたり、そもそも展望を確保する為に木を伐採してしまう例も沢山あります。そのようにしないと、ほとんどの山頂は木に覆われて展望もへったくれもないのです。
伐採以外には、わざわざ展望塔を建てた山もあります。秩父の丸山(960m)は10メートル以上の塔が設置され、そのおかげで大展望を得られます。自然にそぐわないと批判的な声もあるこの展望塔ですが、これがなければただの平凡な展望のない山頂になっていたところです。

 
10月、雲取山山頂より東方向。幅の広い防火帯が展望を提供する。
ここにも東京を覆うスモッグが確認できる。

地形の崩壊は、丹沢で顕著に見られます。たとえば塔ノ岳(1491m)に続く表尾根を歩くと、木々も疎らで、土地が明らかに痩せていることが分かります。一説には大気汚染や酸性雨によってブナが立ち枯れを起こしたり、鹿の食害によって林床が痩せたりといった様々な要因が複合してそのようになったと言われています。痩せた土壌は至る所で崩壊を引き起こしており、冷や冷やさせられる場面も多いです。しかしそれが皮肉にも、相模湾のすばらしい景色を見せてくれる地点でもあります。

 
3月、丹沢表尾根より南方向。大規模な崩壊地の向こうに相模湾と箱根の山。

いまではインターネットに、関東山地の大半の山頂の詳細なレポートが掲載されています。そのため、事前に任意の山の展望のあるなしや、どの方面が見えるのかを大まかに知ることができます。偶然に見つけた宝箱の様な展望を求めるのでなければ、展望地の予習はしておくに越したことはないでしょう。

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とりあえずここで切ります。それでは。
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ハードディスクの整理をしていて、ホームページのデータが「発掘」されたので、急に懐かしくなって記事を書きました。
発掘ですよ発掘。ファイルの位置すら見失っていたのです。

そこで気づきました。ブログおよびサイトを確実に見てくださる読者さまは・・・いました。未来の自分でした。まるで他人が書いたような文章を読んで、いま、新鮮さを覚えることができました。

ですからこのエントリーも、どこかのリンクからアクセスして下さった、物好きな(失礼)読者さまのほかに、またいずれ見返すであろう未来の自分に向けて書くものでもあるのです。
タイムカプセルに託した未来の自分への手紙が、まれに思いもよらぬ感慨を引き起こさせることは、世代を超えて共感される事ではないでしょうか。

さらに、このエントリーを投稿することは、何年後か分からない未来に、再び2016年の自分のように、パソコンでもスマホでもよいので、この文章を他人のように読むことが出来ることが叶うように・・・という願掛けの意味も込めています。つまりそれまで野垂れ死ぬなということです。 本当に生きていてほしい。いや、しぶとく生きながらえてやる。
次にまたこの感慨を味わうことが出来たら、たとえ他者に理解されなくとも、だれにも感知されずとも、それは勝ちなのです。味わっているのなら、噛みしめてくださいね・・・。


未来の自分への手紙、今さらになって書くのが楽しいと思えました。
小学校を卒業する際、20歳になったら開けようといって講堂の地下に埋めたタイムカプセルに入れた自分への手紙が、あまりにも中身空っぽで意味不明だったので悲しい気分になりました。
誰が好きだったとか、嫌いだったとか、見えてる景色でもなんでもいいのでとにかく何か書いてくれれば、それを面白く他者として笑い飛ばせる読者が確実にいたのですが、阿呆な小学生にそこまで考えろというのは酷な話ですかね。

「日原トンネル 旧道」なんかをgoogleで検索すると、大正義ヨッキれん様の迫真のレポートのつぎに自分が書いた(はずの)未完の拙いレポートが未だにこびりついていて、顔をしかめざるを得ません。考証の甘さや内容の薄さには目をつむっても、文章は気取っているようで気取れておらず、うすら寒いものを読んでいて感じました。嘗て・・・愈々・・・其れ・・・自己責任の蓑・・・それより文章推敲しろよ。
しかしこれは、そのレポートを他人の書いた駄文として切り捨てることができず、まだ難しい言い回しや漢字を使うのが格好いい、というお年頃の自分と今の自分は他人になりきれていないということであり、ある意味で安心しています。う~ん、今の文章も言い回しがくどいですねぇ。

駄文乱文怪文、思うままに書くのは楽しいですね。
行ったところ、登った山なんかは、次のエントリーに回します。

それでは

せっかくブログがあるのだから、そしてせっかくどこかに行ったのだから、一応記録として残します。

高校から山に登りだし、今でも登山は続けています。ただサークルは一瞬でやめました。
今年は、自分にしては良く登った年だなあと思います。二週連続で行っていたりしていました。
古い型ですがデジタル一眼も去年手に入れ、山歩きもより楽しいものとなりました。

とりあえず詳しいレポートはヤマレコにでも載せるとして(←やらない)、行ったところだけでも載せてみます。

まずは8月3-4日に登った富士山です。

河口湖口から御来光目当てに徹夜で登りましたが、渋滞というものに初めて引っかかり驚きました。あと寒い。御来光は見事でした。ちなみに単独です。

帰りは大砂走りを経て御殿場口へ。砂でえらいことになりました。

 

次に8月21-23日に登った南アルプス北岳と間ノ岳。

初めてのアルプスで、初めての本格的なテント泊登山をしました。

初めは仙丈ケ岳までぐるりと回り込む予定でしたが、テント場となるはずの枯れ池の水場が使えないということで断念。それでも案外登れたことが意外でしたが、水の重要性については考えさせられました。本当に奥深い山です。

 

さらに9月12-13日には雲取山へ。

南アルプスでの自炊が案外楽しかったことから、食材と調理器具を下から背負って、山頂の避難小屋にて少し豪華な夕食後宿泊。奥多摩は本当に避難小屋がきれいです。

翌朝は高校時代良く歩いた道を奥多摩駅へ。朝一で蜘蛛の巣がとんでもなく多いのが印象的でした。

 

10月8日には、高校時代の先輩方と谷川岳へ。

日本三大急登といわれる西黒尾根は、岩場が多いもののこんなものかという感じでした。少しは体力がついたのかもしれません。

この日は本当に快晴の一日で、眺めもなかなかのものでした。ただ、とにかく人が多いこと多いこと…。

 



最後に10月15-16日に登った八ヶ岳の赤岳。

アルプスの展望台といわれるだけの眺望はありました。あとは山小屋だらけなことや、南アルプスよりいろいろとコンパクトにまとまっているなという感想です。

 

今年はアイゼンとワカンを買って、雪山でも行きたいものですね。

それでは。


長々と言い訳を下の方でしていますね。怠慢仙人です。
前回のエントリーが去年の震災の直後だったというので、一年半経過してます。
季節が過ぎるのは…。

ここまで更新しなかったのはネタ切れだったからではありません。飽きたからでした。
よくある放置されたページの典型例です。
有言実行とやらを当時高三だった私はほざいていますが、正直ほとんど何一つやっておりません。
大学の教授からプログラミング言語を何か一つ覚えろというので、HTMLおよびCSSでもやってみようかなと考えています。たぶんやらないでしょう。

いつのまにやら、ホームページ「一生仮設」のアクセス数が一万人を超えていました。
みなさんありがとうございます。そして本当に申し訳ありませんでした。

2012年11月現在、twitterを怠慢仙人名義でやっております。更新楽なんですよね、あれは。
ホームページはそれなりのコンテンツが存在するため、閉鎖することは考えていません。
引き続き放置させていただきます。でもバナーはうざったいので、ffftpのパスを思い出したら消そうと思います。

bve延伸は少しだけ考えてますが、いい加減Ver.2は時代遅れですかね…。

今後ですが、まだHP更新よりは楽なのでブログは続けようかなと思います。
イラストも続けてます。漫画を描いてます。前エントリーよりももう少しはうまくなったと思います。
イラストをアップするのもここにします。Pixivとかtinamiとかニコニコは怖いです。

気負うとダメになりますね。妥協で生きていきましょう。では。
前回更新から一年以上、何の告知もせずにここまで放置してしまった事。

これではまともなホームページ管理者と言えませんね。怠慢仙人です。

押し付けがましいですが、一年間以上も更新しなかった理由を挙げてみます。

①受験だった:確かにこの2010年度の私は高校三年生で、大学入試への受験勉強を行っておりました。
しかし、残念なことに第一志望には行けず、今はただぷらぷらと過ごしています。(浪人はしません)
高校を卒業して、友人と卒業旅行でスキーに行く予定でしたが、これは大震災でなくなりました。

②飽きた:むしろこちらの方が大きいでしょう。高校三年生の間は確かに勉強に追われておりましたが、
それでも空き時間はありました(だから落ちたのでしょう)。でも更新しようとも思いませんでした。
せめて告知していればまだ良かったのでしょうが、見ている人や相互リンクの相手方に非常に悪い印象を与えてしまったと思っております。
こんなこと言えた身ではないのですが…本当に申し訳ありませんでした。

③マンネリ化:決してネタ切れになったとは言いません。むしろ公開したいネタ(廃道歩きや車窓の写真など)は沢山あるのです。しかし、なんと言うのでしょう、マンネリ化してきたとも言えなくありません。自分の中ではそう思っております。それも更新が止まったひとつの理由と言えるでしょう。

この三つが、いままで放置しまくった理由言い訳です。

******

これからのことについて、考えていることがあります。あくまで考えていることなので、それが実行されるとは限りません。私はそうやって逃げ道を作ります。
まず日原トンネル旧道の記事をどうにか完成させます。現在YAHOOなどの検索エンジンで「日原トンネル 旧道」と打ち込むと、私のホームページの記事がヨッキれんさんの素晴らしい記事などを押しのけて最初に出てきます。それを見るたび、とても申し訳ない気分になります。
次にホームページの全面改装を考えています。今のページはOffice Word2003を使い製作されていて、見るブラウザによって表示が全く異なることが日常茶飯事です。それを防ぐ意味もこめて、いままで避けてきたHTML構文およびスタイルシートなどを一から学んで、もう少し見栄えの良いページを作ろうかなと考えています。これは相当時間が掛かりそうですが、それでもやってみたいと思っております。
最後に、イラストコーナーの設置。大変恥ずかしいのですが、高校2年生の頃からイラストを描いており(しかも良くある女の子の絵…)、2年間で僅かながら成長できたと自分の中で思うことが出来たので、描いた絵などを公開することがあるかもしれません。もし公開されたら、鼻で笑って気持ち悪がってやってください。

******

最後に、東北地方で起こった大震災。東京に住む私も経験したことの無いほどの揺れを感じました。
地震直後に、三陸地方を中心に各地を襲った大津波。二年前に行った山田線から見たあの青い海が、数千人以上の命を一瞬に奪ったということを、今でも信じることが出来ません。
今も緊迫状況が続く原発事故、それに伴う計画停電などの混乱。当地でも電車が止まり、信号も消えたりしました。一部では東京電力に対する非難の声が挙がっていますが、私は東京電力を一方的に攻め立てることはできません。あまりに凄惨な出来事…五百年だか千年だかに一度の地震が日本を襲ったのですから。
まさかここまでの被害になるとは思いませんでした。そして同時に、政府やマスコミの実情、人の優しさや偉大さ、集団心理など様々なことを知ることが出来たと思っています。

この地震を契機に、なにか日本が良い方向に変化してくれることを祈っております。

******

長文になりました。有限実行を、大学一年生の私に言い聞かせたいと思っています。
それでは。」


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怠慢仙人
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性別:
男性
趣味:
旅行/登山/絵描き
自己紹介:
武蔵野は 月の入るべき 山もなし 草より出でて 草にこそ入れ

原野の武蔵野は知りませんが、武蔵野に生まれ育ち離れたこともないため、そろそろDNAに原野の記憶が刻み込まれそうです。
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